HbA1cの精度管理

“精度管理”という言葉をご存じでしょうか?あまり馴染みのない言葉ですが、検査においては大変重要な意味を持っています。

血液を機械にセットすると、測定値が出力されますが、果たしてその値が正しいのかどうか?これを検証し、維持する作業が精度管理です。

一般の方は、「機械が表示する測定結果は無条件に正しい」と思われているかもしれませんが、実はデータの正しさを実現し維持することは、至難の業なのです。

各施設で測定されているデータの正しさを確認するために、メーカーは毎年全国規模で精度管理調査を実施しているのですが、にしだわたる糖尿病内科も開院時から参加しています。先日、今年度の報告書が届きました。

当院では、HbA1cと血糖値を測定するために、国内メーカーであるアークレイ社の専用測定器を使用しています(写真左がHbA1c測定器、右が血糖測定器)。開業医レベルでは、コンパクトな簡易測定器が採用されていることが多いのですが、糖尿病専門クリニックである当院では、HbA1cと血糖値は治療方針を決定する重要な柱となる検査ですから、大病院と同じく専用機器を使用しています。

HbA1cは、患者さんと一緒になり医師も一喜一憂するデータですが、この値を測定するために、大きく免疫法HPLC法というふたつの方法があります。免疫法は、抗体を用いた免疫化学的な手法で計測。HPLC (High Performance Liquid Chromatography: 高速液体クロマトグラフィー)法は、カラムと呼ばれる装置に高圧で検体を流し、分子の大きさと荷電状態に応じて血液成分を分離する、最も高精度な手法です。

こちらは、当院に設置しているHPLC法に基づくHbA1c測定器の内部です。日本のメーカーが誇る精緻な技術で組み上げられており、中身はロボットのように複雑であることがお分かり頂けるかと思います。

写真中央上に見える小さな棍棒状の金属が、カラムと呼ばれる部品ですが、ここに高い圧力をかけて血液中の成分を流し込み、HbA1cという分子が分離されます。

HbA1c測定には、長らくHPLC法が使われていましたが、原理上装置が複雑かつ高価であるため、最近ではコンパクトかつ安価な免疫法の簡易測定器が広まってきています。

簡易測定器であろうと、専用測定器であろうと、出てくる値は同じHbA1cなのですが、実はその精度には天地の差があります。

正確性は、本当の値(真値)に対して、どれ位の差があるかという指標です。例えば、本来はHbA1c 7.0%である検体を計測した場合、HPLC法で測定したデータは±1%未満ですから、ほとんどのデータは6.93%〜7.07%の間に収まります。これに対して、免疫法の場合は±20%ですから、データの分布は5.6%〜8.4%にも及ぶのです。下手をすると、実際は糖尿病の方が「あなたは5.6%で正常ですよ」と言われかねないことになります。

同時再現性は、同じ検体を同じ機械で連続測定した場合、どれ位のバラツキがあるかという指標です。HPLC法では、同じく6.93%〜7.07%の間におさまっています。免疫法では、先程よりバラツキは小さくなりますが、それでも6.3%〜7.7%の範囲に分布することになります。

これは、今回参加した精度管理の報告書です。測定にあたっては、HbA1cが低い試料Aと高い試料Bが配布され、それぞれ3検体ずつ測定を行いました。

当院での計測値は、試料Aがすべて5.4%、試料Bがすべて10.3%と、検体間のブレがありません。データのブレは、確かに1%未満にコントロールされていることが分かります。

さて、このような「データのバラツキ」ですが、残念なことに現在の医学教育では詳しく教えてくれません。幸い私は、長年の研究生活を通じて数え切れないほどの実験をこなして来ましたから、信頼できるデータを得ることがいかに難しいか、骨身に沁みて知っています。

ですから、開院にあたっては、可能な限り正確なデータを来院される方々に提供するために、優秀な臨床検査技師にスタッフとして参加してもらうことにしました。

検査機器は、高価なものを購入すれば良いというものではありません。正確なデータを得るためには、日々のメインテナンスが不可欠です。

当院では、経験を積んだ臨床検査技師2名が毎日精度管理を行い(写真は日々の管理記録ノート)、業務終了後には装置をきれいに洗浄し、明日の検査に備えています。

これだけの努力があって、初めて信頼できる検査値が得られるのです。