九度山托鉢行と研修医

先日届いた高野山教報6月15日号に、”九度山托鉢行”と題する記事が掲載されていました。冒頭では、次のように紹介されています。

「高野山専修学院では、毎年五月に高野山の麓、九度山町で一軒一軒のお宅を巡って先祖供養と、ご家族の無病息災を祈る托鉢行を行っています。九度山町の方は、入学したばかりの院生たちに真心で接して下さいます。その温かさを受け、院生たちは次のステップに向けて思いを新たにしました。」

記事には、いくつか写真が添えられていたのですが、その中の一枚に私のハートは鷲掴み・・。

お坊さん見習いふたりによる読経の先に鎮座しているのは、おばあちゃんでもおじいちゃんでもありません。手作りの鯉のぼりの下に、双子でしょうか?可愛いお子さんがふたり、きれいに正座し手を合わせ、真っ直ぐな瞳を袈裟姿の院生に向けています。

なんという胸キュンの写真!個人的にはピュリッツァー賞ものだと思います。今の日本にこのような情景が残っていることに、驚き、救われた思いがすると同時に、深く反省。

“果たして自分は、この子供たちのように純粋かつ素直な祈りの姿で、他者を迎え入れることが出来るのだろうか?”院生の皆さんも、同様の思いを持たれたようで、感想文の中からひとつをご紹介します。

「初めて人前で読経するのは、非常に緊張しました。托鉢行中に九度山の皆さまから頂いた心のこもった言葉は驚きを隠せませんでした。修行僧とはいえ、一人前の僧侶としても接して下さいました。今の日本では、考えられないことだと思います。一軒読経が終わればまた次の方と、隣でお待ち頂いていたことは、本当に有り難いことでした。日々、寮監先生から頂いているご指導が改めて心に染みて来ました。御大師さまも、きっと九度山で托鉢をされたのだと思うと、嬉しさもこみあげて来ました。現在世の中では、人と人との繋がりがない中、改めてその繋がりの大切さ、人の思いやりと心の温かさを感じる行でした。貴重な体験をさせて頂きました皆さまに改めて感謝申し上げます。」

こうしてみると、つくづく医師の世界によく似ているなと思います。医学生もまた、講義室で学んだことを大学病院の臨床実習を通して実体験していきます。教科書ではなく、患者さんの胸を借りて。そしてまた医学部を卒業した後も、研修医は患者さんに育てられていくのです。

その意味で、ここ愛媛は九度山に負けず劣らず、真心に溢れたところでしょう。

考えてみれば、日頃の外来もこの写真と同じなのかもしれません。私の姿は見習いの修行僧に重なり、診察室で座られる方は、正座して読経に聴き入る子ども達の姿。

ずっと机の前に貼っておきたい・・そんな素敵な写真です。