粗塩のふるさとへ

この週末は、社会見学のため、香川に行って参りました。「いい歳して社会見学とは、これいかに?」とのご意見も頂戴しそうですが、実はとあるきっかけで、”粗塩(あらじお)の製法”に目覚めたのであります。

現在、量販店で販売されている塩は、純粋な塩化ナトリウムがほとんどですが、日本でもつい最近までは、塩田で作られた粗塩が使われていました。1970年代初頭、イオン交換膜と電力を用いた工業生産技術が確立されたおかげで、極めて純度の高い塩化ナトリウムが、安価に出回るようになりましたが、今でもごく少量ながら、昔ながらの製法で粗塩が生産されています。

塩化ナトリウムと粗塩の違いは、舐めてみれば一”舌”瞭然。前者は刺激的な苦みが走るだけですが、本物の粗塩には甘みや、まろやかさが備わっています。この甘みやまろやかさの正体は、マグネシウムなどのミネラル成分です。

昔の人は、金魚鉢で金魚がアップアップをはじめると、粗塩をひとつまみ入れたものです。するとあら不思議、それまで水面に口を出していた金魚は、いきなり元気を取り戻し、嬉しそうに泳ぎ始めます。これは粗塩に含まれるマグネシウムの作用と言われていますが、純粋な塩化ナトリウムでは、このような効果は認められません。

粗塩には、国内でもいくつか有名なブランド品がありますが、パッケージの裏をよく見てみてください。実は、小さい字で「原産国:オーストラリア」などと書かれている製品が、多いのです。純国産の粗塩など、もはや望めない時代なのかと半ば諦めていたところ、なんとお隣の香川県に、塩田体験施設があることを知りました。しかも、坂出には塩業資料館もあるとのこと。

ということで、特急しおかぜに乗って、一路香川へ。ひさしぶりの予讃線でしたが、いつもながら車窓から眺める瀬戸内は、限りなく優しく美しい。

目指すは、JR宇多津駅のすぐ近くにある、うたづ海ホタル。 この中に、復元塩田と粗塩を精製する釜家があります。塩田は、入浜式と呼ばれる形式であり、昔ながらの手法を用い、天日で海水中の塩分を濃縮していきます。海水の塩分は3.5%前後ですが、水分を徐々に蒸発させることで、18%にまで濃度を高めます(かん水)。

かん水が出来上がると、茅葺きの釜家で”釜焚き”を行います。約5時間かけて釜で炊きあげることで、500リットルの海水から、100kgの粗塩と50リットルのにがりが取れるそうです。釜焚きは、今でも毎月1回行われていますが、その日の天気で実施が決まるため、残念ながら一般には公開されていません。

こうして出来上がった、瀬戸内産の手作り塩は「宇多津入浜の塩」として、販売されています(裏面には誇らしく”原材料名:瀬戸内海の海水100%”と記載)。 現地でおみやげとして購入できますが、インターネット販売も行われています。

この復元塩田では、子供達を対象にした体験学習を実施されているそうですが、是非大人のための塩づくり体験教室も、企画して頂ければと思います。

せっかく香川まで足を運んだので、坂出にある塩業資料館にやって参りました。 写真右手が坂出市塩業資料館、写真左手に見える大きな煙突は、日本海水という塩に関連する製造業の工場です。次でも紹介しますが、このあたり一体はその昔、見渡す限りの塩田だったそうです。

入館料200円を払って、中に入ります。

さびれた場所にあるため、正直資料館の中は閑散としたものかと思っていたのですが、これがなかなか充実しています。古い歴史的資料や、模型やビデオなど、趣向が凝らされています。

この一幅の絵には、塩田が盛んであった頃の様子が描き込まれていますが、右端の山が、ひとつ前の写真のなだらかな山に相当します。当時は、驚くほど広大な塩田が坂出に広がっていたことが分かります。

館内には、作業に使われた道具などが展示され、当時の様子を窺い知ることができますが、私の一番のお勧めは記録ビデオです。「塩作りは、とてつもない重労働であった」と、どの資料を読んでも書いてありますが、このビデオを見るとその意味を了解できます。朝早くから、均等に砂を広げ、塩水をまき、午後には濃縮された塩分を含む砂を回収。この間、桶による海水の汲み下ろしは、止むこと無し。

考えただけで、ひっくり返りそうになるほどの重労働ですが、館内の説明文によると、当時の讃岐地方には、”浜人(はまど)の一升飯“という言葉があったそうです。重労働を支えるため、1日4回の食事を通して、一人一升のご飯を平らげていたのだとか。

私はこの説明文を読んで、はたと「ベルツの日記」を思い出しました。同書は、明治時代に日本にやってきたドイツの医学者、ベルツ博士が日本の様子を事細かに記したものですが、この中に小さい体躯ながら、港湾での積み荷の上げ下ろしや人力車で、驚異的な力を発揮する日本人が登場します。日頃から、さぞかし精が付くものを食べているのだろうと思いきや、主食が米であることに、ベルツ博士は二度驚くことになります。

最近流行の糖質制限食の影響で、とかくご飯は悪者にされがちですが、私達の祖先はお米の力で、この国を耕してきたことを忘れてはならないでしょう。

先日ご紹介した愛媛県立歴史博物館もそうでしたが、こうした施設は、本では決して掴むことができない先人の”息吹”を伝えてくれます。